同窓会会報 Vol.41より


卒業を祝して

放送大学北海道学習センター
所長 山田義裕


「卒業を祝して」
北海道学習センター 所 長 山田 義裕
皆様、このたびは放送大学のご卒業、まことにおめでとうございます。皆様が晴れて学位記を授与されたことを心よりお祝い申し上げます。
今回ご卒業された方は、北海道学習センターで94名、旭川サテライトスペースが14名、合わせて108名でございます。特にこの2年半の間は、新型コロナ感染症の影響で面接授業や学習相談では対面で指導を受ける機会が必ずしも十分ではなく、それぞれにご苦労されたことと推察致します。しかしそのような中で、卒業に係る所定の単位を修得したり、あるいは卒業研究をまとめあげ、こうしてご卒業までたどり着いた経験は、皆様がこれから人生を歩む上で勇気と自信を与えてくれるはずです。そして、このような厳しい環境の中での勉学を支えていただきましたご家族や関係者の皆様にも、教職員を代表して感謝申し上げる次第です。
また、放送大学の6コース全てを卒業して名誉学生の称号を授与された方、あるいは3コース以上のコースを終えられて特別賞を得られた方々には、そのたゆまぬご努力に心より敬意を表したいと存じます。本当におめでとうございます。
卒業後は、大学院へ進学する方、別のコースで勉学を継続する方、学位の取得を機に社会で新たなキャリアを目指す方など、皆様はそれぞれの道を歩むことになると思います。それぞれの思いを胸に旅立つみなさまに、本来であれば、はなむけの言葉の一つでも贈りたいところなのですが、本日はこの場をお借りして、今私たちの暮らす社会、つまり現代社会が抱えるリスクについてお話をさせていただき、その上で卒業に当たって私からの宿題一つを受け取っていただきたいと思います。
社会学者の見田宗介(今年4月1日に逝去されました)は、現代社会というのは、近代という爆発的成長期から成長が緩慢になる未来の定常期へ移行する過渡期であると述べています。近代以降の科学技術の進展や市場経済の拡大のおかげで、私たちの暮らしはどんどん豊かになり、平均寿命も大幅に伸びました。これは先進国のみで生じた現象ではありません。「グローバル・サウス」に暮らす人々の生活環境や健康状態も、もちろん先進国による搾取や南北格差等の問題はあるのですが、長いスパンでみると大きく向上しています。
見田は近代という爆発期における資本制システムの下での急速な経済成長を「光の巨大」と呼ぶのですが、しかし同時にその陰で「闇の巨大」が静かに広がってきたことを指摘しています。現代社会に暮らす私たちが今直面している「闇の巨大」の代表は、なんと言っても環境破壊の問題でしょう。産業化社会の経済発展が環境に悪影響を及ぼす可能性については、1960年頃からその認識が一般にも共有され始めます。例えば、日本では1950年代半ばに生じた水俣病がその後大きな社会問題となりましたし、生物学者のレイチェル・カーソンは1962年に出版した『沈黙の春』の中で農薬が環境に与える影響に警鐘を鳴らしました。しかし、その後も多くの調査・研究を通じて問題解決のための提言が繰り返しなされたにも拘わらず、環境破壊に歯止めをかけることはできないまま現在に至っています。
人類の未来にとっていま喫緊の環境問題は、地球温暖化による気候変動の問題です。例えば今年も、パキスタンでは領土の三分の一が水没する一方欧州では500年で最悪の干ばつに見舞われるなど、世界各地で異常気象による被害の報道が続いています。こういった異常気象の要因は何でしょうか。気候変動に対する取り組みの科学的評価を行う組織である「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)が昨年発表した第6次評価報告は、「人間の活動の影響によって大気、海洋、陸地が温暖化していることは疑う余地がない」と人間の活動が温暖化の要因であると断言しました。
IPCC報告書の著者233人に対し、英国の科学誌ネイチャーは独自のアンケートを行い、うち4割から回答を得て昨年11月にその結果を公表しました。アンケートの結果を2つばかりお伝えしますと、回答者のうち60%は今世紀末までに世界の気温上昇は2015年のCOP21(パリ協定)が産業革命前からの気温上昇の抑制目標とした1.5度をはるかに上回り、少なくとも3度上がると予想しています。また、自分が生きている間に気候変動による壊滅的な影響(catastrophic impacts)を目の当たりにすることになると悲観的な回答をよせている方が、驚くことに82%にも及んでいます。
このアンケート調査の後、今年2月にロシアがウクライナに軍事侵攻しましたが、それ以降の世界情勢をみると、気候変動によるカタストロフィーの危険性は一層高まっていると思われます。というのも、これまでのカーボン・ニュートラルへ向けた国際協調の努力を無にするかのように、各国で化石燃料へ再度依存し始めたり、原子力発電に回帰する動きが活発化しているからです。
言語学者でリベラル・アクティヴィストのノーム・チョムスキーは、地球温暖化や核の脅威を念頭に、これらの問題が回避できない場合は今世紀が人類の最後の世紀になる可能性を何年も前から指摘しています。また、このどちらも人間が引き起こした事態であり、これを回避できるかどうかは私たち自身の選択と決断の問題であることを繰り返し強調します。
このような環境危機の中で、私たちにできることは何でしょうか。歴史学者のテッサ=モリス・スズキは、国家権力のレベルの政治に対抗するもう一つの政治として、"informal life politics"(生きる政治)を提唱し、草の根の連帯の歴史から学ぶことの重要性を述べています。極めて重要な指摘ですが、価値が多様化した現代社会を生きる私たちにとって、市民レベルで連帯することはそう簡単なことではありません。
ここで、社会学者の大澤真幸が時折話題にする「未来の他者との連帯」を考察のための補助線として引いてみましょう。大澤は、原発問題のような人類の存亡に関わる課題に直面したときに、「未来の他者」との倫理的連帯が不可欠なものになると述べます。顔の見える他者への共感は比較的容易ですし、またメディアの映像を通して、はるか地球の裏側で被災している人たちに共感することもあるでしょう。しかし、まだこの世に誕生もしていない次世代の他者へ思いを馳せることは容易いことではなく、それゆえ未来の他者との連帯にも難しさがつきまとうのが普通です。しかし、現在の気候変動による差し迫った環境破壊は、未来の他者たちを強引に私たちの目の前に引き寄せてきます。気候変動対策の時間的目安は、今世紀末がひとつの区切りです。今世紀末は決して遠い未来ではありません。私はこの世にはおりませんが、例えば今年生まれた赤ちゃんは78歳ですし、いま小学校1年生の子もまだ85歳です。皆様の中にも、小さなお子さんやお孫さんを身近にお持ちの方がおられるでしょうが、今世紀末という時期は、彼ら彼女らが家族や仲間と一緒にこの地球で生きているはずの近い未来です。私にも小学校に上がる前の孫がおりますが、彼女が世紀の変わり目を迎えた時に地球環境がどうなっているのか思わず想像しないわけには参りません。
さて、皆様が卒業するに当たっての私からの宿題と言うのは、この「近い未来の他者」との倫理的連帯を「公共的な立場」から、つまり自分の身近な仲間を越えて異質な他者へと向かいながら、いかに実現することができるのか、これを考えることです。これは私自身の課題でもありますが、是非皆様にもご一緒にお考えいただきたいと思っております。簡単には答えの出ない難問ですが、放送大学という多様な世代が交流する場で学んだ皆様が挑戦するのに値する重要な課題です。
皆様が、卒業後もこういった社会のアクチュアルな問題に世代を越えて協力して取り組むことを期待し、それをお祝いの言葉に代えたいと思います。本日は本当におめででとうございました。
<参考文献>
Carson, Rachel, 1962, Silent Spring. Houghton Mifflin. (青樹簗一訳, 1974, 『沈黙の春』新潮社)
見田宗介, 1996, 『現代社会の理論--情報化・消費化社会の現在と未来』岩波新書
大澤真幸, 2021, 『新世紀のコミュニズムへ--資本主義の内からの脱出』NHK出版新書
Tollefson, Jeff, 2021, "Top climate scientists are sceptical that nations will rein in global warming," News Feature Nov. 1, 2021, Nature.
(https://www.nature.com/articles/d41586-021-02990-w)

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